寿信の旅
 向島百花園 月見の会・萩まつり
入園料150円 東武伊勢崎線「東向島」下車徒歩8分 墨田区東向島3-18-3

江戸の町人文化が花開いた文化・文政期(1804~1830年)
骨とう商を営んでいた 仙台出身 佐原鞠塢が、交遊のあった江戸の文人墨客の協力を得て 
花の咲く草花鑑賞を中心とした民営の花園として、開園
百花園」の名称は、一説では、「梅は百花に魁けて咲く」
または「四季百花の乱れ咲く園」という意味でつけられたものです
芭蕉の句碑を含め 合計29の句碑 石柱が園内に建ち 
庭作りに力を合わせた文人墨客たちの足跡をたどります
昭和20年3月の東京大空襲にで全園焼失、昭和24年に再開され現在に至っています


9月18日は 十五夜・・暑さ寒さも彼岸まで
園内には 秋の花がいっぱいでした

  


・・月見の会・・


9月17日(土)~9月19日(月・祝)
9時~21時(入園は、20時30分まで)
・お供え・・ 園内でとれた野菜などを地元の方がお供えした祭壇
・絵行灯(えあんどん)・・俳句・俳画を描いた行灯、
ぼんぼり、角行灯を灯す
・琴の演奏・・期間中の毎日 17時~20時 あずまや
・茶会
・抹茶サービス
・野草ウォッチング
  





・・萩まつり・・

9月23日(金・祝)~10月10日(月・祝) 
9時~17時(入園は、16時30分まで)

・萩のトンネル
・百花園と秋の七草
向島百花園管理所長によるお話
・ススキで作る虫細工教室
・琴の演奏
・野草ウォッチング
・萩を詠んだ和歌・俳句の展示、投句

  

  



  
      

    

    
ひがんばな ざくろ さるすべり・ほうずき・へびうり・あぶらもみじ





 

   
写真撮影日は 9/26 月 この日はまだ かき氷が おいしい
次の日からは すっかり秋 涼しいをこして 寒いようでした カーディガンをはおりましょう





 
帰り路 向島から千住まで のんびり歩いて1時間ぐらいでしょうか
白髭橋を渡り 石浜神社(真崎稲荷)~南千住汐入~都立航空高専~千住大橋
隅田川の西は 武蔵国、東は 下総国です 
江戸の名所、武蔵野国から下総・常陸・奥州方面への交通の要衝でもありました
昔は民家が密集していた下町が 一転してニュータウン 
リバーハープタワー、はなみずき通り、ララテラス
都営高層住宅 大型マンションが建設され巨大な新都市が誕生しています
そこで ムラサキシキブを見つけました



隅田川の橋
江戸五橋・・永代橋、新大橋、両国橋、吾妻橋、千住大橋

橋が架けられた年
千住大橋 1594


武蔵の国と下総の国との間にとても大きな川がある。それを隅田川という。
船頭が「早く舟に乗れ、日も暮れてしまう
乗って渡ろうとすると、ちょうどその時、くちばしと足とが赤い白い鳥が
船頭に尋ねると、「これはなぁ都鳥」というのを聞いて
名にし負はば いざ言問はむ都鳥 我が思う人はありやなしやと
都ということばを名に負っているのならば、さあ尋ねよう、都鳥
私の想う人は生きているのかいないのかと
・・伊勢物語 在原業平・・

隅田川伝説キーワード
関屋の里
合歓の木(ねむのき)咲き乱れる江戸名所
鐘ヶ淵
梅若伝説
清元の舞踊劇「隅田川」
江戸時代の隅田川の渡し場
戦士たちの渡る河-隅田川をめぐる武士団の攻防-源頼朝
水神大橋 1988
白鬚橋 1914
桜橋 1985
言問橋 1928
吾妻橋 1774
駒形橋 1929
厩橋 1874
蔵前橋 1927
両国橋 1659
新大橋 1693
清洲橋 1928
隅田川大橋 1979
永代橋 1698
中央大橋 1993
佃大橋 1964
勝鬨橋 1940

2007

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